レオロジーって何に使えるの? ー化学の視点からー
どうもたかおです。
はじめに
大学の化学科に属している方の中には、高分子レオロジーの講義を受ける方も少なくないと思います。レオロジーに基づくと物質は力学的応答の仕方で分類できて、高分子材料は粘弾性体に分類される、ということは化学を学ぶ学生ならよっぽどのことがない限り知っていることでしょう。
しかし、なぜレオロジーを学ぶ必要があるのかをイメージできる人は少ないと思います。上で述べたようにレオロジーは「力学」の側面を強く持っています。いうならば物理です。化学徒の中には数式も見たくないと思いながらレオロジーの講義を受けている人もいるでしょう*1。また、合成!とか素粒子物理!みたいな華やかさを持ち合わせない学問ですから、レオロジーそのものを面白い、と思って取り組む人も少ないと思います。正直「不思議な流動が起こります!」って言われたところで、「ふーん、で?」ってなりません?
ただそれがどう使えるか、というところをイメージ出来れば、レオロジーのことをより身近に思えるのではないでしょうか。
というわけで、今回は
- レオロジーという学問が持つ二つの側面について理解したうえで
- それがどのように役に立てられるか
というところを説明します。本記事を通して「レオロジーって、なんかいいじゃん」と思っていただけたらと思います。
二つのレオロジー
実を言うとレオロジーには、現象論的レオロジーと分子論的レオロジーと呼ばれる二つの立場があります。
それぞれに異なる目的があり、使い方が若干違います。
現象論的レオロジー
現象論的レオロジーは、モノの物性を評価する手法として使うレオロジーのことです。複雑な力学応答をする物質を、「もちもち」とか「ドロドロ」と言ったような定性的な表現でなくて、応力やひずみ、時間といった数値で評価することを目指しています。
例えば作った樹脂の硬さ、柔らかさや流れている時の動きを正しく測定し、適切なパラメータで評価することができれば、その性質を理解することができます。それに基づいて材料の選択や加工条件の選定、品質の管理ができると言うわけです。
分子論的レオロジー
分子論的レオロジーは、分子構造や微細構造と変形や力学的性質との関係を明らかにしようとするレオロジーのことです。
レオロジー的な性質を分子の動きで説明しようと言うわけですね。
世の中のものは分子でできていますし、モノに変形を加えるというのは中の分子に変形を加えるのと同義と言えます。したがって得られる力学的な応答もまた分子の動きに起因しますから、レオロジーを分子のダイナミクスで議論することができると言うわけです。
色んな大学でレオロジーの研究室があると思いますが、だいたい研究室でやっているレオロジーはこの立場で研究されています。
モノづくりへの応用
では化学に携わる人間、分子を作る研究者がレオロジーをやる意味とは何なのでしょうか。
特に高分子に顕著ですが、分子の構造とレオロジー的性質を結びつけて理解できるようになることだと私は考えます。どんなに性能の良い原料を作っても(例えば樹脂だと、耐熱性が高い!とか)まともに加工できなければ使えるモノになりません。化学構造のいいところは残しつつ、レオロジー的なパラメータを変えるべく、分子量や分子の分岐構造をチューンアップできるようになれば闇雲に検討しなくて済みます。また望ましい力学物性が出る材料になるように分子設計するということも原理上可能になります*2 。
ここでは高分子のみを例に挙げましたが、分散系である塗料や化粧品などにも同じことが言えるでしょう*3。モノの性質を表すパラメータの理解(現象論的な面)と、それがどう分子の構造と相関しているのか(分子論的な面)、両方をうまく使いこなせれば、上で言ったことができるのかなと考えます。
最後に
二通りのレオロジーとそれらが(特にモノづくりに)どう役に立つのかを説明しました。高分子はただ合成するだけでなくてそれを加工して使えるモノにしないといけません。塗料やコスメ、食品など触った感じが良いものを作るうえでも重要と考えます。求められた物性を発現するモノを作る一つの指針としてレオロジーを活用できれば、化学者として強い武器になるのではないでしょうか。
この文章を読んで、レオロジー頑張ろうかな?と思う人が1人でも増えればと思います。
こんなこと書いていますが当の本人はレオロジーの専門家でもなんでもありません。ただのレオロジー好きのヲタクが書いた文章です*4。ガチ勢の方が見ておられましたら、誤り等ご指摘いただければ幸いです。
では
大学で学んだことはモノづくりに生きる? (他雑記)
仕事にのめり込む。
どうもたかおです。
ブログの更新
化学のニッチな部分に食い込む当ブログですが、今年に入りこのブログを更新したのは3月の一回!
明らかに怠慢ですが、これにはやむを得ない理由がありました: 仕事です。
サラリーマンとして、化学のお仕事で飯を食っている私ですが、昨年末から本格的に仕事に加わっていました。右も左もわからない中、何とか自分の提案を開発に組み込んでもらおうと、ひっきりなしに実験し、報告書をたくさん書き、身振り手振り大振りでプレゼンをし...レディースアンドジェントルメン!...サンキューベリマッチ。
うまくいったかはさておいて、自分の提案も多少受け入れてもらえ、仕事がようやくひと段落しました。新しいモノづくりが前に進むのを感じた瞬間は、何事にも代えがたい感慨がありますね。
何事もなければしばらくは残業少な目で独身寮(イエと読む)に還れそうです。まあそんな時間はほんの一瞬で過ぎ去ると思いますが。
いつの時代も化学の考え事をするのはとっても楽しいのですが、いざ仕事となると...ここ数カ月精神的にマジでしんどかった...正直家でpcのキーボードを触るのも嫌でした。
大学で学んだことはモノづくりにも生きているのでは?という話
大学は卒業するためには、自分の取り組みを文章やPowerPointにまとめて、それをいろんな人に認めてもらい、成果として反映させることをしなければなりませんし、それができる能力がなければいけません。上に書いたように必死で会社でモノづくりに携わっていますと、メーカーのサラリーマンだろうが大学生だろうが、この能力の重要性は変わりないなと感じます。認めてもらう先が教授から上司、成果が学会発表や論文投稿といった学術的なインパクトから、会社の売り上げにつながる技術の蓄積になるだけ。専門分野や目的が異なっても、大学で一生懸命身に着けてきたこういった能力はそれ相応には生きているんじゃないかなと思います。それはメーカーにおいての基礎研究、開発、生産、一緒ではないかなと。
研究室つらいとお思いの皆様がいらっしゃいましたら、無理をしない程度に頑張ってください。それはきっと何かしらの形で生きてくると思います。*1
今後のブログ運用について
さて、生活スタイルもすっかり社畜仕様となった私の今後のブログの運用ですが、ネタを探さなくても書き続けられるような、大きいテーマを見つけてそれについてどんどん書いていく、いわば「連載」的な文章が書ければと思います。実をいうとネタ探しが一番大変なのです(他方に迷惑が掛からないか、誤解され悪い方向に転ばないかなどを考えるとより一層困難を極めます。)
私の好きな分野について、オタクチックに語れる且つ汎用性の高い内容...ないですかねえ、と思い改めて内容を練っていますが、仕事が忙しくなったらとん挫するかもしれません。先に謝りますがごめんなさい。
2021年6月現在、社会を取り巻く情況も厳しく精神的にも参る時期ですが、化学を愛する読者の皆様におかれましては、化学でできることを考え、化学を楽しむという形で乗り切っていただければと思います。心がしんどくなったらぜひ私のブログを読んで頭でmoleculeがactiveに動くさまを妄想いただければ幸いです。
ではみなさん、
また会える日まで。
*1:ちなみに私は当時書類作りとかPowerPoint作りとか嫌いで仕方がありませんでした。
バイオプラスチックとその役割
はじめに
2021年現在、環境問題の一種としてプラスチックに関連した問題が頻繁に取り上げられており、関心を持っている方も多いと思います。例えば、
といった問題は皆さんにとってもなじみ深いテーマでしょう。
しかし、この問題を解決するためにプラスチックをすべてなくすことは現実的ではありません。プラスチックによって得られる環境へのメリットも少なくなく、プラスチックそのものは今後も重要な役割を果たしていく素材になると考えられます。
そこで注目を集めているのが「バイオプラスチック」と呼ばれるプラスチックたちです。通常のプラスチックでなくバイオプラスチックを利用することで、環境への負担を抑えられるかもしれない、といった情報をニュースやインターネッツ、教科書などで見たことがあるという方も多いのではないでしょうか。
しかしながら、「バイオプラスチックってどんなプラスチックなの?」「どうして環境にいいの?」という疑問に簡単に答えるのは少し難しい。なぜならバイオプラスチックとはいろんな概念を包括する言葉だからです。
改めて、この「バイオプラスチック」とは何か、これがどのように環境への負担削減につながるのか、ということを、私と一緒に考えていきましょう!
流れとしては
と、順序だって説明していきます。よろしくお願いします。
プラスチックに関連する環境問題
温室効果ガス
二酸化炭素(CO2)をはじめとした温室効果ガス排出量の増加は地球温暖化の原因であるとされています。これを受け、近年は「脱炭素」と銘打ちCO2排出量を削減、ゼロにする動きが活発になってきています。
この問題においてプラスチックがやり玉に挙げられる取り上げられる理由は、プラスチックが使用後焼却処分される過程でCO2が発生するからです。熱回収(サーマルリサイクル)を除いた国内のプラスチックのリサイクル率は約25%とされています*1から、現状ではプラスチックの使用率が増える→CO2排出量が増えるということになります。
(ただ、プラスチック製造・焼却によって生じる二酸化炭素排出量が世界全体の何%くらいなのか、という見積もりは見つけられず、改善がどれだけのインパクトがあるかを評価するのは私には厳しかったです。世界の共通認識となっている調査結果がどこかにあるものと思われますが、もしご存知の方がいたら教えてください。)
海洋プラスチック問題
プラスチックは一般に分解されにくい安定な物質です。これが海洋に流出し小さな大きさで残存することで生態系に影響を与えることが近年懸念されています(マイクロプラスチック)。現在国際的にプラスチックの流出量を減らそうという動きになっており、近年様々な政策が各国で打ち出されているようです。
バイオプラスチックとは
二種類のプラスチックの総称
こういった問題を解決しつつもプラスチックの環境に与える良い面を活かそうということで、バイオプラスチックへの代替が検討されています。
こう書くとバイオプラスチックという一種類のプラスチックがあるのかと誤解を招きかねないですが、実はバイオプラスチックは機能・目的が異なった二種類のプラスチックの総称を表します。
この項目では、その二系統、
- バイオマスプラスチック
について説明します。
バイオマスプラスチック
石油由来でない、植物などから原料を得て製造されるプラスチックのことをバイオマスプラスチックと呼びます。
この場合、原料が何かが重要であって、それがどのような性質を持つかは問題ではありません。例えば、レジ袋の材料であるポリエチレンは石油(ナフサ)から作ることができますが、サトウキビなどの植物を発酵させて得られるエタノールからも作ることができます。どちらも化学式で書けば同じポリエチレンですが、後者は原料がバイオ由来であるためバイオマスプラスチック(バイオポリエチレン)と呼ぶことができます。
生分解性プラスチック
土壌や海にいる微生物によって分子量の低い化合物*3へと分解される性質を持つプラスチックのことを生分解性プラスチックと呼びます。
この場合生分解性を有するかが重要であって、それが何からできているのかは問題ではありません。
例えば石油から作ったプラスチックでも、生物によって分解される性質を持つならばそれは生分解性プラスチックです。バイオプラスチックと呼ばれる分類であっても必ず生物原料のものを指すわけではないという点は注意が必要です。
まとめ
したがって、バイオプラスチックと呼ばれるプラスチックにも、「生分解性だけどバイオマス由来でないプラスチック」「生分解性はないけどバイオマス由来のプラスチック」「生分解性を有するバイオマスプラスチック」といろいろな区分が生じることになります。
上のようなベン図を思い浮かべると分かりやすいかもしれません。
役割について
ではそれぞれのプラスチックはどのように今抱えている問題を解決するのでしょうか。
これらは同じバイオプラスチックの括りであっても、機能は全く違うことを上で説明しました。したがってそれぞれが解決する問題もまたそれぞれで違うということになります。詳細を見ていきましょう。
バイオマスプラスチックはCO2削減
バイオマスプラスチックは原料が植物です。したがって原料は光合成の過程でCO2 を吸収して成長します。したがって焼却処分してCO2を放出したとしてもトータルのCO2量は増えないという単純計算ができます。またバイオマスプラスチックをリサイクルして使い回すことができれば結果的にCO2を減らすことにつながります。このようにバイオマスプラスチックの利用によってCO2排出量の削減につながるわけです。
バイオポリエチレンの例ですが、いかにその具体的な削減量の見積もりがあります。製造時の排出量を加えても4分の1弱は削減できる計算になる様子です。
「バイオプラスチック」と環境問題 | 株式会社旭創業(asahisogyo)
生分解性プラスチックは廃棄物の削減
生分解性プラスチックは微生物によって低分子化合物に分解され、究極全てCO2と水に変換されます。したがって廃棄物として残るものがありません。このことから環境に流出するプラスチックの量を減らせるという利点があります。
例えば海洋プラスチック(マイクロプラスチック)の本質的な問題は海洋に流出してプラスチックのまま残存することですから、分解してなくなってしまう生分解性プラスチックならば万が一流出しても被害は抑えられる、ということになります。
ただし、生分解される条件というのは種類によって異なるため「生分解性プラスチック」であれば海で分解されるというのは大きな誤解です。例えば生分解性プラスチックの代表例であるポリ乳酸(PLA)はコンポストといった高温多湿の環境下ではよく分解されますが、海上では分解は進行しにくいものです。したがって海洋に流出した際に分解されるため問題ない、という話はPLAではできないのです。それぞれの性状を述べるときりがないのでここでは割愛させていただきますが、生分解性プラスチックそれぞれの”分解のトリガー”を正しく理解し、目的に応じた利用*4をすることが重要だといえます。
最後に
バイオプラスチックとは機能の異なる2種類のプラスチックの総称であること、それぞれの役割が何かについて説明してきました。なんとなく環境にやさしそう、そんな「バイオプラスチック」の姿を具体的に理解いただけたならば幸いです。
今後各社で色々なプラスチック製品が開発されると思いますが、こういったことを念頭において注目すると面白いかもしれませんね。
以下は私の個人的な意見を述べさせていただきます。
はじめに「プラスチックによって得られる環境へのメリットも少なくなく、」今後も使われるだろうと推測を申し上げました。
例えば電気自動車にプラスチック材料を用いることで車体の軽量化が図れ、使用エネルギーが削減できたり、食品包装に用いることでフードロスや輸送エネルギー(CO2排出)が削減できたり...。環境に悪いことばかりではない実情があります。
プラスチックがいい、悪いといった極端な議論ではなくて、「バイオプラスチック」、つまりバイオマスプラスチックと生分解性プラスチックをうまく活用することで、世の中の複雑な問題が解決できればいいのかもしれないな、と考えています。
まあ世の中、流行り廃りがあるので、どうなるかなんてわからないですけどね。今後も注目していきたいですね。
では
参考文献
生分解性プラスチックの課題と将来展望 | 三菱総合研究所(MRI)
*1:環境省資料より 海外に輸出している分ものぞけばさらに低い値となる。 https://www.env.go.jp/council/03recycle/20201120t2.pdf
*2:日本貿易振興機構 ホームページより 「急速に広がるルール作り」各国のプラスチック製品への対応 | 特集 - ビジネス短信 - ジェトロ
*3:最終的にはCO2と水
*4:海に流れたプラスチックが分解されることを念頭に置くなら、海洋生分解性を持ったプラスチックを利用する、など。PHBHなどが該当する。