アスベストはもう使わない。じゃあ何使う?
アスベストのようにしなやかに、強く。
どうもたかおです。
はじめに
先日アスベストとはどのような材料か、どうして危険なのかについて、概要を説明いたしました。
私も、記事を書くまで知らなかったことがたくさんあったため、おそらくはこの説明は皆さんにとって十分ではないと思います。しかしながら、この記事を契機に、私だけでなく、皆さんの疑問点を洗い出せたものと思います。
(まだお読みで無い方はお読みいただけるとこの記事がより面白く読めるかもわかりません。ただ前回と直接のつながりはないので読まなくても問題はないです。)
アスベストは、非常に多岐にわたる分野で利用されてきた汎用的な材料ではありますが、我々の身体を蝕む危険性をもった材料です。そのため現代においてはその利用が禁じられています。
では、これまで大量に使われていたアスベストの代わりは何が務めているのでしょうか?調べてみた結果を簡単に紹介したいと思います。取り扱う範囲が極めて広大ですから、全てを詳細に説明しようとすると益々煩雑になりかねない*1ので、詳細は参考文献に託すとして、ここでは代表的な例のみを紹介します。
相も変わらず長い記事にはなっており、各論が充実してしまっています。従って、上の「もくじ」より、気になるところのみをピックアップして読まれることを推奨します。
アスベストの危険性
アスベストが危険な理由については前回記事にて記述しているので改めて引用させていただきます。
アスベストはとても細い繊維で、これを敷き詰めて材料として使うわけです。それがバラバラになってホコリのように宙に舞えば我々の肺に入ってきます。しかもアスベストは分解されにくい強い繊維です。肺に入ってもホコリなどと違って分解されません。長時間肺に滞留することで肺やその周辺にダメージを与え、最終的に肺がんや中皮腫を引き起こすことになります。
アスベストは「肺に入るから」危険なのであって、アスベストそのものが毒物であるわけではありません。アスベストは「細い繊維状の物質」だから危険であるという認識が一般的です。つまり、アスベストと類似の形状、大きさがあり、体内で分解されないような物質であればアスベストと同じような危険性を持ちうると言われています。これはスタントン・ポットの仮説と呼ばれている考えで、直径が小さく(<1 μm)長さが長い(>10 μm)物質程、肺に入って滞留しやすく、発がん性などの恐れを強く持つと言われています。
こういった背景から、代替材料にはある程度直径が太い繊維材料が使われているようです。
アスベストの代替材料
アスベストは汎用性も高く安価という強みがありましたが、これに完全に対応する材料というものはないというのが現状のようです。そのため、いろいろな材料の中から、各々の用途に適したものを選ぶような使い方をしているようです。
代表的なものとして、人造ガラス質繊維,人造結晶質繊維,有機繊維の分類に当てはまるものがあるそうです。
人造ガラス質繊維
アスベストのような繊維に変わるものとして、ガラスやセラミックスから人工的に繊維を作ったものを人造ガラス質繊維というように呼ぶようです。これらの原料の種類の違いによって、いろいろな種類の繊維が作られるとのことです。
ガラス長繊維・グラスウール
ガラス長繊維、グラスウールと呼ばれるものは、名前の通りガラスからできています。
ガラス長繊維はガラスを溶かした状態で、細い穴に押し出し乾かすことで糸にすることでできます。
グラスウールは、溶かしたガラスを細い穴が側面にあいた容器をぐるぐる回転させることで、遠心力で細い糸を押し出すことで作ります。綿あめを作るのと同じ作り方です。
ガラス長繊維はプラスチックを補強するために使われたり、グラスウールはアスベストの重要な役割であった防音材・断熱材としての役割を果たすようです。
これらの直径はアスベストよりも太く(ガラス長繊維は6-15 μm、グラスウールは1-9 μm程度とのこと。)*2、長きにわたる使用実績からも、ほぼ発がん性がないと考えられています。
スラグウール・ロックウール
高校化学でやった気がするのですが、製鉄をする過程で「スラグ」という副生成物が出てきます。これを用いて作ったのがスラグウール、天然の岩石を溶かして原料に使ったものがロックウールと呼ばれます。
作り方はグラスウールと同じく綿あめ製法です。直径は1-9 μmとこれも直径が比較的大きく、発がん性もほぼないという評価を受けています。
グラスウールと同様に、断熱材・防音材として使われるほか、耐火材料として建物に使われているそうです。
セラミックファイバー
アルミナ(Al2O3)とシリカ(SiO2)でできた繊維をセラミックファイバーというように分類しているようです。耐熱温度が他の代替繊維と比べてかなり高く(1000℃以上)化学プラントなど、過酷な用途で利用されているようです。
ただし、直径が上の二つよりも細いというのもあり(1-3 μm)、人体に対する発がん性が疑われています。そのため日本では使用に伴い種々の規制が行われているようです。
人造結晶質繊維
これに関する情報があまり見つけられなかったので薄い情報にはなりますが、いくつか簡単に触れておきたいと思います。先ほど説明したものはガラス質(非晶質)でしたが、こちらで紹介する物は結晶質ということで、結晶でできています*3。
ウィスカー
「猫のひげ」を意味する、ひげみたいな形をした細い結晶を一般にウィスカーといいます*4。このタイプの材料はアスベストの性質である、耐摩耗性(激しく擦っても擦り減らない)を持っており、自動車のブレーキパッドなどに使用されるそうです*5。
炭素繊維
炭素繊維は、文字通り炭素(C)が主成分としてできた繊維です。炭素繊維が何かについて書くだけで一つの記事になってしまう気がするので、詳細は触れませんが、新幹線や飛行機のボディに使われるほどの強度を持った強い繊維であると思っていただければいいと思います*6。
炭素繊維は丈夫で強いだけでなく、耐薬品性、耐熱性があるので、アスベストの代替材料としての使用例としては、ガスケット(化学プラントなどで配管のつなぎ目などにつけて気密性を持たせるための密閉剤みたいなやつ)があるようです。
有機繊維
有機繊維とは、一般に高分子から作った繊維のことを指します。アスベストは鉱物なのに、高分子材料がその代わりの役割を果たせるのか?というのを疑問に思う方もいるかもわかりませんが、案外と役に立っているようです。有機繊維は一般に10 μmのものが多く、肺に入りにくい(ため安全)と考えられています。
種類がそれ相応にあるようですが、今回はいくつかピックアップして紹介したいと思います。
アラミド繊維
アラミド繊維とは何か、無理くりいうなら雨合羽の記事に使われるようなナイロンの親戚で、強度がものすごい強い奴のことをいいます。
化学の言葉で正確に言うならば、芳香族のみで骨格が出来ているポリアミドの総称を指します*7*8。日本ではケブラー® やトワロン®が有名だったりします。この繊維は耐熱性や耐摩耗性に優れていて、ブレーキパッドやガスケットなどに使用されているとのことです。
-------以下はオタク満載なので破線下部まで飛ばしてもらっても構わない----------
高分子は一般にヒモ(ないし鎖)に例えられ、ぐにゃぐにゃのイメージがありますが、アラミドという高分子は高分子は比較的硬いひもで真っすぐになっています。アラミドの高分子を平面上に一列に並ばせて、分子間で水素結合を作らせることで、分子が真っすぐに縦に並んでできた繊維が出来ます。三本の矢は引っ張っても曲げてもなかなか壊れない、というたとえがありますが、何本もの高分子が縦に並んで固定されているこの構造がアラミド繊維の強さの秘密です。*9
--------オタク満載終わり----------
ビニロン繊維
ビニロンはポリビニルアルコール(PVA)*10という高分子をアセタール化することで得られる高分子で、日本発祥の材料です。
日本発祥というのもあって、非常に優れた説明ページがインターネッツにも豊富にあるので、詳細についてはここで記述しません。気になる方は是非ご自身で調べていただきたいです。
ビニロン繊維もまた非常に丈夫な繊維として知られており、アルカリ性にも耐性があること*11、セメントとの相性(接着性)もよい*12ことから、セメントの強度を強める補強材として、アスベストの代わりの役割を担っています。アスベストの代替材料としては、建材用途に使われているみたいです。
最後に
長くなりすぎた(焦り)
最後までさらさら読まれた方、本当に尊敬いたします。
今回は使用できる図もほとんどなかったため、見にくいブログになってしまいました。大変申し訳ありません。
何はともあれ、この長い文章から、アスベストというたった一つの材料から脱却するのに、極めて多くの材料が動員されていることが、分かっていただけたのではないでしょうか。私は図らずも、アスベストがいかにすごかったかということを痛感してしまいました()。一方で、ほかの材料の魅力も改めて知ることが出来、個人的には満足しております。
アスベストは単なる過去の失敗ではありません。前回も申し上げましたが、地球環境にも、人体にも考慮した材料を作っていくためにも、こういった過去の事例を知り、生かしていこうとする努力が大切だと思います。失敗は生かさないとね。
質問感想忌憚なき意見はコメントもしくはTwitterの方にどうぞ。皆さんからのレスポンスが私のモチベーションにつながります。今後とも化学に関する記事をあげていきたいと思っているのでよろしければ読者登録よろしくお願いします。
では
参考文献
人造鉱物繊維の概要
https://www.nichias.co.jp/research/technique/pdf/382/03.pdf
http://www.jashcon.or.jp/publish/pdf/71/71gijutujoho.pdf
アスベストとは何か?
https://www.jstage.jst.go.jp/article/gkk/35/1/35_1_3/_pdf
https://www.jstage.jst.go.jp/article/senshoshi1960/46/12/46_12_772/_pdf/-char/ja
*1:私もすべてを理解できているわけではない(ないし勘違いしていないとも言い切れない)と思うので、無責任なことも言えないのだ。
*2:直径と発がん性の関連については前記事を参照
*3:非晶質とは、結晶質とは、についてはこちらの参考文献に詳細が記されているので参考にしていただきたい。
*4:断面積5 × 10^4 μm、アスペクト比10以上の単結晶という細かい定義があるので上の定義は正確ではない
*5:参考文献としては優れていないが、例えばチタン酸カリウムウィスカー - Wikipediaに記述がある。
*6:説明に納得がいかないという方はそもそも炭素繊維って? | トレカ® | TORAYを読むことをお勧めする。
*7:性質ならびに作成方法などはアラミドとは? | Teijin Aramidというページが直感的でわかりやすいかも
*8:多分芳香族を意味するAromatic とポリアミドのAmideを合わせた造語なんだと思う。ソースなし
*10:スライムの原料として知られている
*11:分子鎖中にヒドロキシ基があるため
*12:やはりヒドロキシ基の存在が大きいと思われるが、詳細の機構については私は知らない。知っておられる方がおられたら是非コメント欄に追記願いたい。