ばけまなび

化学について書きます あとは雑記

MENU

【なぜ】ダイラタンシーの原理に迫る

進まない仕事

ミスる私

周りの視線が怖い

 

どうもたかおです。

f:id:NeueChemikalie:20201129152422p:plain

ばけまなび冬の名物詩 へたくそサムネ 頭抱えたいのはこっちの方だって

 

はじめに

以前ダイラタンシーという不思議な現象について説明しました。 neuechemikalie.hatenablog.com力をすばやくかけると急激に粘度が高くなって、固体のようにふるまう流体がこの世に存在しているよ~というお話でした。

f:id:NeueChemikalie:20201123183722p:plain

現実にこういった流体が存在することは分かりましたが、この現象は私たちの直感とは大きくかけ離れています。なぜこのような現象が起こるのでしょうか?

相も変わらず*1「ばけまなび」風に説明していきたいと思います。よろしくお願いします。

 

結論

潔く結論から言うと 

なぜダイラタンシーが起こるのかは、まだ完全には明らかになっていません。

かれこれ100年以上前から議論されてきた現象であるにもかかわらず、その原理を完全に解明するには至っていないのです(2020年現在)。

  

>_< <ピエン

 

しかしながら、2010年代に入ってようやく原理解明が大きく進み、その全貌が明らかとなってきました。 

タイトル通り原理に迫っていこう(正解にたどり着くことはできない)と思います。

 

原理

ダイラタント流体のイメージ図

原理を理解するために、まずは「力をかけていないとき」のダイラタント流体がどのような状態を取っているのかを説明します。

ダイラタント流体は粉粒体(粒子)を分散させた分散液です。片栗粉を水に分散させた液をイメージしていただければ間違いありません。

f:id:NeueChemikalie:20201128122059p:plain

ダイラタント流体(分散液)のイメージ図

他にもシリカ粒子*2ポリエチレングリコールに分散させた液などでも同じ現象が確認されています。

それに加えて、分散させる量(粒子の体積分率)が重要なポイントとなってきます。これも同様に、片栗粉を水に分散させた液での実験をイメージしていただければよいのですが、分散させる量が少ないとサラサラ流れるばかりで、ダイラタンシーは起こりません。ある一定の量以上分散させなければダイラタント流体にはならないのです。片栗粉を水に分散させた液では、分散液の半分の体積を片栗粉の粒子が占めていればダイラタンシーが起こるようになっています*3。また、分散量が多いほどダイラタンシーは容易に起こるようになります。

 

粒子がぶつかり合う

ダイラタンシーの模式図を理解したところで、原理に触れていきます。
この粒子たちは、水が間に入った状態でひっつきあうことなく分散して浮かんでいます。これに対してゆっくり力をかけると、粒子は水を潤滑剤にして動くことができるので粒子はぶつかることなく分散液は流れます
ところが速く力をかけるとどうなるか、粒子も流れに追随して速く流れます。しかし、ダイラタント流体中には粒子はそれなりに多く入っているので、粒子同士は互いに避けられずぶつかります

f:id:NeueChemikalie:20201128191556p:plain

粒子がぶつかるさま

ネットワークの形成

ぶつかった粒子の間には摩擦力が働きます。すると摩擦のおかげで粒子はかみ合って固定されます。これによって分散液のなかで、力の伝達が可能な粒子のネットワーク*4が張り巡らされます。(下の図参照)

 

ネットワークの膨張(ダイラタンシー)

この状況下において、ネットワークの膨張(ダイラタンシー)が起こります。これによってネットワークは流体の界面(=力をかけたところ)に向かって広がって粒子が表面に現れます。この骨組みによってかけた力が押し返されるため、力を加えても流れなくなる、つまり固体のようになるのです(下の図参照)。このネットワークはしばらくの間は境界面(触れている部分)でロックされます。

 

よくダイラタント流体を歩く動画があります*5。上の理屈を適用してみましょう。

①すばやくダイラタント流体を踏みつけると、中で分散している粒子がよけられずぶつかり合い、摩擦力でかみ合うことでネットワークを形成する。

②このネットワークが膨張し(ダイラタンシーが生じ)、柱として表面に現れてくれるおかげで、踏みつけた部分の力が下の地面に伝わり反発を受ける。ネットワークがこの表面(境界面)でロックされる。

③素早く足を動かしている限りはネットワークが生じ、体を支えてくれるので沈まない。

f:id:NeueChemikalie:20201128191625p:plain

ダイラタント流体を歩く時のダイナミクス 粒子がネットワーク状の柱を作り支える

原理解明の重要性

以上の説明が、今の段階で分かっているダイラタンシーのメカニズムです。もっと詳しいことが知りたい、厳密な理論を知りたいという方は、参考文献をいくつか載せておきますのでご覧ください。

しかしここまで読まれた多くの方が疑問に思うと思います。

「ダイラタンシ―が起こる原理とか調べて何の役に立つの?」

色々理由があるのですが、一つとしてはダイラタンシーがモノづくりにおいて少し「やっかいな」存在になっていることが挙げられます。

モノづくりではこういう分散液(サスペンション)を扱うことが多いです*6。上で述べたように、ダイラタンシーを起こす液体は分散液ですから、粒子を分散させるために混ぜようとするとダイラタンシーが起きてしまい、撹拌する機械に負担がかかって困るということがあるようなのです。原理がわかれば機械の負担を防げたり、対策を講じることができたり、はたまた新しい製造プロセスの開発につながるかもしれません。

 

また、ダイラタント流体の性質を生かした防弾チョッキの開発など、軍需用途品としても着目されています。夢の防具の開発も原理解明でより一層進むかもしれません*7

 

モノづくりにおいて原理原則というのはなくてはならないものです。より効率よく良い製品をつくるという面では、こういった原理解明が重要な役割を果たします。

 

さいごに

前回の記事と今回の記事で、ダイラタンシーの全貌を説明してきました。この不思議な現象について、皆様の理解の役に立てば幸いです。

ホームフィールドであるレオロジーの知識で説明しきれると思っていたのですが、いつの間にか化学という枠組みを超えてもはや物理のお話になってしまいましたね。厳密なところのつじつまを合わせるとちょっとおかしいとか、物理用語の使い方が誤っているとかあるんじゃないかと、かなり不安になりますが、こうやってインターネッツの海に放り投げることで色々な意見をいただければうれしいなと思います*8。自分でも「こう説明した方がよかったかな」と気づくところがあれば適宜追記・訂正していきます。

質問・ご指摘・ご意見・感想等ございましたらページ下コメント欄の方へ。皆様の鋭いtanδコメントにこのブログは支えられております。今後ともよろしくお願いいたします。

 

また次回のブログでお会いしましょう。

 

では

 

参考文献

 

補足(自分の考え)

少しぼやきます。

・1つ目

インターネッツにある日本語記事のほとんどは「ダイラタント流体に力をかけると、安定な最密充填構造が崩れ体積が膨張し(ダイラタンシー)、その隙間に水が入り込んで吸収されることによって固化する」というレイノルズの膨張の原理をベースとしたものがほとんどである(少なくとも私がたどり着けた範囲では)。子供向けにはわかりやすいかもしれないしこれでいいのかもしれないと思うけれども、なんだかんだで「膨張するから硬くなる」という仮説は1958年にすでに論文で否定されている(Metzner, A.B., and M. Whitlock, “Flow behavior of concentrated (Dilatant) suspensions,” Trans. Soc. Rheol. 11, 239 (1958). この論文では、体積膨張が確認されたにもかかわらず粘度上昇が確認できなかった系の存在(酸化チタンやガラスビーズの分散液)を認めている。)。上の原理で述べてきたように、現在では膨張がおこることはダイラタンシー(シアシックニング)発現の必要条件であって十分条件ではない(=最大のトリガーは粒子の接触と摩擦力である)と考えられている。

そもそも片栗粉と水の系からも分かるように、粒子は分散液全体に対してそこまでぎちぎちに詰まって存在しているわけではないと思われる。系全体で最密充填構造が存在しているとするような説明が正しいのか、少し疑問だったりする。また最密充填が崩れるのがトリガーだとすると変形速度依存であることが説明できないのでは(別にゆっくり力をかけても最密充填崩れるのでは)と思ってしまう。この辺のロジックってどうなっているんだろうというのは気になるところ。

いずれにせよ、参考文献中にも記述があるように、なぜ起こるのかはやはりわかっていない部分が多い(すべての分散液でダイラタンシーが起こるわけではない、実際にネットワークを目で見たわけではない、その他条件など)というのがこの分野の共通認識のようだ。この事実をまず認める必要があるし、そういう目でこの現象と向き合っていく必要がありそうだなあと思う。現行では記事に書いたような(参考文献にあるような)メカニズムがかなり有力そう、というだけの話。この記事を契機にレイノルズの膨張の原理ベースでない新しい記事がでてこないかなあと少し期待している。

・2つ

いくらこういう記事を書いたからと言って私は物理においては「素人」であるため、この現象に対してどこまで踏み込んだ理解ができているのかは、はっきり言ってわからない。もしこの文章を読んで興味を持ったけれども、もう少し詳細を知りたいという方は「Discontinuous Shear Thickening」と検索すれば、ダイラタンシーについての比較的新しい論文が、フリーのものも含めて多くupされており、そちらで深堀することが可能である。私みたいな素人の文章が信用できないというのもごもっともであるので、人の目が通った文章(査読付き論文)を読むことをおすすめする。

 

*1:あいもかわらず。決して相転移が起こっていないことを表しているわけではないので、注意していただきたい。

*2:めちゃめちゃ小さいガラスの粒と思えば正解だと思う。

*3:一応上の図では”面積比”で大体1:1になっています。こう見ると結構すかすかにみえますよね。

*4:Force networkと表記されることが多い模様

*5:YouTubeで検索することをお勧めする。私も一度は歩いてみたい。

*6:食品関係とか塗料など。

*7:これがいいことかどうかは何とも言えませんが。

*8:罵詈雑言はやめてね。