十人十色!高強度なゲルの世界
どうもたかおです。
はじめに
私はこれまで、このブログを通じてゲルの話を何度かしてきました。
neuechemikalie.hatenablog.comneuechemikalie.hatenablog.comゲルは「網目構造を形成しその中に溶媒を含んだ材料」です。こういわれてもピンとこないですが、コンニャクやゼリーといった食品を思い浮かべていただければイメージがつかみやすいと思います。
こういった「みずみずしくてプルプルした材料」というのは体の中にもたくさんあります。私たちの瞳の中にある水晶体はまさにゲルですし、軟骨や筋肉、皮膚なんかもゲルの仲間です。また、ゲルは医療材料としての用途も考えられています。こういった溶媒を含み、適度な弾性をもった材料は細胞が定着しやすいということもあり、再生医療向けの細胞足場材料として検討されていたりします。こう聞きますと、我々はゲルという材料を体に適用しようと発想するのは極めて自然ともいえます。
しかしそうは問屋が卸しません。
私たち人間が作ることのできるゲルというのはそれ相応の欠点を抱えていて簡単に適用できるものではないのです。しかしながらこれらを何とかしようと、日夜研究者たちがしのぎを削り新しいゲルを作り上げています。
というわけで今回は
・通常のゲルの問題点
・これまで開発された高機能ゲル
を取り上げ、ゲルの最先端を皆さんとみていきたいと思います。よろしくお願いいたします。
通常のゲルの問題点
私たちが創造しうるゲルというものを医療材料などに適用する上で問題となる点は強度です。ゼリーやコンニャクをゲルの例として想像したときに、私たちはこれらをスプーンや歯で難なく切り崩すことができます。食べ物としてはこれでいいのですが、材料として使うには極めてもろいのです。
ではなぜ一般的なゲルはこうも脆いのでしょうか。
ゲルというものを作る時は、分子による網目を作る必要があります。一般的なゲル化反応はモノマーと架橋剤とのラジカル重合であったり、疎水性相互作用による高分子やコロイドの凝集であったりするので、ランダムに起こります。従って網目の大きさや架橋の場所を私たちは制御することが出来ません。その結果、下の図のような不均一な構造が出来上がります。ゲルの模式図として、虫取り網みたいなものを書く場合が極めて多いのですが、実際のところはそうなっていないのです。
不均一だとどうなるか、縦や横に引っ張った時にひもが少ない疎な部分に力が集中して、そこから結合がどんどん切れていってしまいます。そこから亀裂が走り最終的にはぷっつんとゲルが破断してしまうのです。
以上のことを踏まえれば、普通のゲルは網目構造が不均一であるがゆえに脆くなり、強度が必要な用途(=医療分野)には適用が難しいということが理解いただけると思います。
高機能なゲル
そうか~じゃあ無理だな~といって諦めないのが時代を駆け抜ける研究者たちです。この強度という問題を、十人十色なやり方で解決する取り組みが2000年代以降なされてきました。ここでは年代による順不同で、研究者たちがどのようなアプローチでこの問題を解決してきたかを簡単に紹介したいと思います。その発想のすごさに震えてください(震撼)。
Tetra-PEGゲル
「構造が不均一なのが問題なら、構造が均一なゲルを作ればいい」
コンセプトがシンプル、なおかつ反応もシンプル、そして高強度、それがこのTetra-PEGゲルです。
先ほどお見せしたぐちゃぐちゃな構造とはうって変わって均一な構造ですよね。高分子のひもの頂点が正四面体方向にきれいに伸びて、まるでダイヤモンドかのような構造*1。
これによって応力は均一に掛かるので高強度を発現できます!
これはどうやって作ることが出来るのか、反応は極めてシンプルで、二種類の四官能(テトラ, Tetra)ポリエチレングリコール(PEG)を反応させるだけです。
具体的な化学構造や反応スキームについてここでは述べません。下に参考文献を載せておくのでそちらを参照ください。なんでこんなにきれいに反応が行くんでしょうね。
このゲルのほかにいいところは、ゲルの物理学を理解する理想的なモデルになりうるということです。不均一性による構造の乱れによって評価できなかった部分が均一構造を有するゲルを用いた実験を行うことで、詳細に明らかにすることが出来ます。
またPEGというのは生体適合性があるとされている高分子であり、うまく利用できれば医療材料にも適用できるかもしれません。この辺の研究がどこまで進んでいるのか、詳細を織っていないので無責任なことは言えませんが。
夢が広がるTetra-PEGゲル、いくつか参考となる文献を載せておくので詳細を知りたい方はこちらからどうぞ。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/gomu/87/3/87_89/_pdf/-char/ja
環動ゲル
「応力を一点にかけさせない。しなやかに力を逃す姿はまさに“感動”」
力が短い鎖に集中して切れるのならば、力が集中しないようにすればいいじゃない、という発想の素作られたのがこの環動ゲルです。
この感動的なゲルの網目は、「ポリロタキサン」と呼ばれるもので構成されています。
ポリロタキサンは、ポリエチレングリコール(PEG)に(図中青線)環状の分子であるα-シクロデキストリン(CD, 図中黄のリング)が包接されたものです。末端はかさ高い分子*2(図中赤丸)でキャッピングされている(=端がふさがれる)ので環状のCDは抜けていくことはありません。
このポリロタキサンのCDの一部を架橋させると、輪っかが二つ繋がって8の字になったところが出来ます。これによって形成されるのが環動ゲルの網目構造です。
この網目構造に力を加えると、PEGのヒモがするする~と、滑車を滑るロープかの如く抜けて、力を逃していきます。この特徴によって環動ゲルは非常に高強度なゲルの性質を示すわけです。
このしなやかさはゲルにとどまらず、プラスチックにも適用されようとしています。今はどうなっているのかは知りませんが、一時期企業と大学が手を組んで「しなやかなポリマー材料を」と大型プロジェクトを進めていました。もしかしたら近いうちに追っても割れないプラスチックみたいな、夢みたいな材料が生まれたりするのかななんて妄想が膨らむところです。
http://www.asmi.jp/wp-content/themes/asm/pdf/slidling.pdf
革新的研究開発推進プログラム ImPACT: 研究開発プログラム
ダブルネットワーク(DN)ゲル
「俺の屍を超えていけ....一方を犠牲にしてでも伸び切ってみせる」
二種類の網目を中に存在させて、脆い方を犠牲に引張に耐えよう!というのがこのDNゲルのコンセプトです。
硬くてもろいゲル(図中青線)と、よく伸びるゲル(図中橙線)を図のように組み合わせたものを作ることが出来ているわけですが、これをグーっと引っ張ると硬くてもろいゲルの結合が先にぶちぶちと切れていきます。普通のゲルはこれによって破断してしまうのですが、柔らかい鎖が壊れた部分を繋ぎ止めるように働くので、巨視的な破壊に至りません。さらに伸ばしていっても、壊れた部分のゲルが柔らかいゲルをつなぎとめた状態をとるので、そうそうに壊れない。こうして高強度を保っているわけですね。*3
今回紹介するゲルの中では強度という面では最も強いこのDNゲル。強いだけでなく耐摩耗性もあるとのことで、人工軟骨に使えるのでは、という話もあるようです。軟骨はすり減ってはもう二度と戻りませんから、DNゲルのようにツヨツヨゲルでいたい関節痛ともおさらばできるときがいつか来るのか。なかなかに夢が膨らむところではないでしょうか。
http://altair.sci.hokudai.ac.jp/g2/DN.html
https://monoist.atmarkit.co.jp/mn/articles/1702/08/news030.html
https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/169248/1/KJ00006064443.pdf
ナノコンポジット(NC)ゲル
「点で架橋じゃなくて面で架橋すればいいんです」
高分子をクレイと呼ばれる円盤状の無機ナノ粒子にくっつけてできたのがこのNCゲルです。
高分子のヒモ(図中青線)の末端を円盤(図中赤円)に物理的にくっつけることで図みたいなエクスパンダ―みたいな構造ができるようです。このエクスパンダ―構造をとることで高強度なゲルになるとのこと。
このゲルは高強度なだけでなく、作り方が極めて簡便であること、透明度が極めて高いこと、自己修復が可能であることといった機能も持ち合わせており、医療材料としての応用は期待されるところかなと推察されます。
とここまで書いてしまいましたが、NCゲルについてはそんなに詳しくなかったりします。もう少し時間のある時に加筆したいところです。
https://core.ac.uk/download/pdf/39295757.pdf
最後に
長文失礼いたしました。
普通のゲルから一皮むけた高強度ゲル、それらはいろんなアプローチで実現されているということ、分子構造も極めて特徴的なものをとることがわかっていただけたのではないかと思います。
私たちはゲルという材料にそれほどなじみがありません。普段これはゲルかどうかなどと考えながら生きることもありません。しかしゲルは常に進化を続け、我々の生活を支える材料になれるよう研鑽を重ねているのです。
これらは世界的にも有名なゲルですが、実をいうとすべて日本の大学の研究者によって生み出されたものです。こういったことからも日本はゲルの先進国ともいえるでしょう。今後どのような展開を見せていくのか、見物です。
ここまで読んでくださった皆様方、ありがとうございました。よろしければ読者登録、コメントの投稿のほどよろしくお願いいたします。
では